幼稚園は楽しいところだったか?という考察

白組の吉永って奴は、一人だけ特別に牛乳ではなくヨーグルトだった。加来いつ子先生は優しくて好きだったのだがデカい団子っ鼻が残念な薩摩おごじょだ。「僕もヨーグルトがいい」と訴えると「吉永君は飲めないから仕方がないのよ」と困ったように告げられた。羨ましかった。特別待遇の吉永と、普通に牛乳飲める自分の身体を憎んだ。今は腹が緩むので飲まないけどね!(笑)

上村卓也は近所の医者の息子でよく遊んでいたが、園での接触は何故か少なかったように思う。ただしくんと仲が良いことを知られたくなかったのか?裏表のある奴め!卓也の家で読んだ怪奇漫画(口から血を垂らした悪鬼の形相の女の首が空中を飛び回る)と、卓也の妹のたまきやら母親となんだかダブって刷り込まれた。夢にまで見るくらいしばらくは恐かった。

近くの団地に住む井ノ口まり子を好きだったが、今思い出すと眉の左右が繋がったぱっつんゴリラである。なんで好きになったんやろ???ある時まり子の住む団地に行って、少し開いたままにしてある扉の前に立った。「あそぼー!」と声をかけようとする直前、隙間から父親の両足の甲にそれぞれ左右の足を乗せ、両腕を上に父から引き揚げられながら歩いているのが見えた。楽しそうな家族のいちシーン・・・幼稚園児にも遠慮と言うものは存在する。声を掛けるのを止めて、その場を離れた。

少しオツムの足りない身体の大きな園友も居た。〇〇ちゃんと親しく呼んでいたが実はちょっと怖かった。後に小5〜中2で少しばかり関わった上田寿司屋の息子の「うえちゃん」と類似した存在。

お昼ご飯の後の園庭で自由に遊ぶ時間、遊具から誰かが落ちて流血の惨事を見た。ブランコを大きく漕ぎ過ぎ転落したのではなかったか。口元の、砂混じりの血、歯に付着した血の色を覚えている。

園が会場となるYAMAHAオルガン教室に行かされるのが嫌だった。上手く弾けなくて手の甲を母親から叩かれた。競争心も憧れも持っていない幼児にはオルガンを上手に弾けることの意義が見いだせなかった。言われるままに親に従う園友達を見て「この人たちはやりたくてやっているのだろうか」と、不思議な感じがして、ぼんやりと眺めていた。

クレヨンで絵を描いて先生に見せに行くと一応褒めてはくれるがその態度に「ああ、もう、うるさいわねえ、毎度毎度下っ手くそなつまんない絵見せに来てぇ!」という感情が大きく混じっていたのを見逃さなかった。園児なめんなよ(笑)

登園中に首を立てこちらを向いて威嚇して来る七面鳥に往く手を阻まれることが何度かあったし、牛だか馬だかの頭蓋骨が道端に転がってることがあった。梅雨時に溢れた側溝で大きな鮒が打ち揚げられ苦しそうにパフパフしていた。目玉が飛び出たようになっていて気味が悪かった。なんとも不思議な環境に居たもんだ。鹿児島市。
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追記:吉田少年はミディ=クロリアン値が異常に高く、親や周囲の大人たちから将来の期待と不安が半々にかけられていたという。残念だったな、今や見事にダークサイドだ!!

【ワンコの想い出−6−】

最初に飼ったゴールデンレトリーバーは「もなみ」。雌なのでmon amieですか。我が家を建てた大工さんが「近所で生まれてるから交渉してあげようか」と言うので、お願いして譲ってもらった犬だ。ゴールデンにしては気性が荒く、よく吠えもした。家庭訪問で我が家にやってきた先生に「吠えるゴールデンというのも居るんですね・・・」と言われてしまう程、大人しいイメージとはちょっと離れた個体だったようだ。毛色は暗いオレンジで、よく見るベージュ色(2代目ミカンもベージュ)ではなかった。初めて飼う大型犬でもあり、初めての室内飼い。息子たちはまだ幼児。もなみは息子たちを「自分より下」と見ていたようだ。体重は倍ほどもあり、牛馬や豚の骨を与えるとバキバキ音を立てて噛み砕くほどの顎と歯。低く唸り怒りの尻尾(真上に立て毛を広げる)などをしていたので今考えると恐ろしい。飼育・扱い・躾にこちらもわからないことが多く、今にして思えばもなみにも結構なストレスを与えていたことだろう。ゴメンな・・・・
もなみの顔をガシっと左右から掴み、頭頂部をクンカクンカと嗅ぐ・・・イイ匂いというのとは少し違うのだが、何と言うのだろう、なんとも心落ち着き癒される不思議。この行為を私は「アロマもなピー」と名付けたのだった。
ちなみにふわりと風に髪をはらませイイ匂いをふりまくお姉さんも頭皮自体は臭いものだよ(笑)

【アロマテラピー】
一般的には、精油(エッセンシャルオイル)、または精油の芳香や植物に由来する芳香を用いて、病気や外傷の治療、病気の予防、心身の健康やリラクセーション、ストレスの解消などを目的とする療法である。芳香療法、香料治療とも。実際様々な方法で用いられている。ムード作りのインテリアの一種としても使われている。使用される精油は植物に由来する揮発性の油で、それぞれ特有の芳香を持ち、生物活性が科学的に認められるものもある。

SNSプロフィール画像に思う

これは私の思い過ごしの内かもしれないが、プロフィール画像にはその人の姿勢というか性格というか大袈裟に言うと生き方が見え隠れしていると思うのだ。ときには願望も。いわば文章につけるタイトルのようなもの。「名は体を表す」例えば自分の後ろ向きの写真がプロフィール画像である場合、その人は隠し事が多いのかも。嘘つきな自分を自覚しているのであろうかとも思える。アニメのキャラや他人(芸能人など)をそれにしている場合、自分に自信が持てないとか変身願望なのかな。。。とか思う。無論、宣伝的な意味合いや、アイコンだと割り切って自分の趣味や仕事ををアピールしているもの、短期的にネタでやっている場合などは例外ですがね。そう想像するのだ。

戦争を語らぬ親

我が父は満州に出征。戻ったときには豊かだだった髪が殆ど抜け落ち、脛には大きく銃槍があったと大分の叔母から聞かされた。彼も四人の息子たちに従軍中のこと、戦争にかり出された先で何をしたのか、見たのか何も語らなかった。復員してからは大牟田で雑用係から新聞記者へ。三池炭鉱の朝鮮人暴動に巻き込まれ数日間拉致された。そこで殺されでもしていたら、当然私は生まれてはいない。父は幾つかの通信部、支局を任されて歴任、最終的には福岡総局で記者としては引退したが、新聞屋としてのポリシーは「真実を、いち早く」に尽きるものであったという。父は祝祭日の日の丸の揚げ降ろしを三男坊(私)に命じていた。父や部下の人たちの残した記事を読んでみたいと思いつつ父の享年に近づいてきた。

ペットの生体販売に思う

生体販売の有り方はいかんよね。野菜と一緒かそれ以下やもん。ペットの処遇に関しては日本はまだまだ後進国。販売側は免許や定期的立ち入り検査などで質を上げ、購入側も講習を受け、誓約書を書き、捨てたら厳罰、最後まできちんと看られる者でないと、飼うたらいかんと思います。「子供がカワイイというから」のノリで買うのはぬいぐるみにしとけって、言いたい。
 
保健所職員「もうボタン押させないで(涙声)」

本当に良心的なブリーダーさんを知って直接お願いすれば健康な個体が「ペットショップの1/2〜1/4」で譲渡していただけます。私の場合、「ミックスカラーだから市場価値がないのです。お家で買う分には全然問題ない」と、血統書も付ければ付けられるトイプードルを注射代込み僅か4万円で。引き渡しまでの飼育手間を思えば、謝礼にもなりません。ネットで見たら同じミックスカラーが52万円で出品されていました。アホか銭の亡者!
そのブリーダーさんとはじっくりと犬についての話をして懇意になり、家族と何度も訪問しました。

大分の従姉妹はペットショップで先住犬のお婿さんを買ったのですが1週間で死亡。(ショップの健康管理に問題があったとしか思えない)2番めのお婿さんの息子が今我が家に居ます。
ペットショップで売れずに育ちすぎてしまった子達がその後どうなっているのか・・・知ると怒りがこみ上げますよ。
ショップの価格が高いのは「売れなくて廃棄」を考えた値段が乗っているからです。家賃と人件費が乗っているからです。
どんな状況で育てられているか見えないネット販売なんか、どうして信用できましょうか。
私は現状の形態での店舗やネットでの生体販売には断固反対の立場ですね。ワンコ大好きだから。
にゃむっ。

となりの大馬鹿

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宗主国様も艦艇派遣取りやめだそうである。

【ワンコの想い出 -5-】

noie


記憶にはないが「大きいアーデン」という犬と「小さいアーデン」という犬を別の時期に飼っていたらしい。小さいアーデンはワイアーフォックステリアだ。写真は見たような気がする。無論そんな犬種名を幼児の私が知る由もなく後年母親から聞いた。
スタンダードプードルは30kgにもなる大型犬だが、トイプードルはどうかするとその1/10の体重もない。大きいアーデンと小さいアーデンはそのような関係の犬だったのだろうかと思う。
今、家で一緒に暮らしているノイ(Noie)くん【写真】は、ミニチュアシュナウザーだ。スクエアな体型とトボけたような顔の表情がワイアーフォックステリアに近似していると思う。

【ワンコの想い出 -4-】

鹿児島市の原良小学校の隣にあった昭和幼稚園に、歩いて、一人でまたは上村卓也とふたりで通っていた。4〜6歳の記憶を辿って今GoogleMapsを見てみると、多分最初頃は城西2丁目20番、後に2番の東の端に移ったのだと思う。
最初の家は古くて大きかったが、間取りなどは流石に思い出せない。
 白黒テレビで観たキングコング・ジュニア(最期は人を救って沼地に沈んでいく)や初期のポパイやニトログリセリンのドラム缶をトラックで運ぶ使命を帯びた日本兵の映画(兵隊やくざ?)、泣いている赤ん坊(弟)の膝にあった真っ赤な楕円形の痣を不思議に思って見つめていたこと、玄関の前に停めてあった親父のオートバイ(多分トーハツ125)が倒れてきて下敷きになり動けなかったところへ、丁度良く飯塚から訪ねてきた叔父の康之さんに救われたこと・・・。そんな記憶が断片的に浮かぶ。

犬が居た。大きなシェパード。母屋とは庭の対角あたりに繋がれ、材木か何かが積んである上に、いつも首を立てて伏せ姿勢をとっていた。仔犬を見たり触ったりの記憶がないので、おおかた親父が成犬を貰ってきたのだろう。新聞記者だったので、警察にも知り合いはあったろうから、もしかすると退役した警察犬だったのかもしれない。
 Ham少年はこの犬が嫌いだった。名前はラッキー(日本語だと吉田の「吉」だね)だったと思う。幼稚園から戻って庭に入ったときに、私を見て野太い声で吠えられる毎日が怖かったからだ。私よりもずっと大きい身体の犬なので近寄るのも怖かった。今思うとシェパードは賢い種類の犬なので吠えるのは威嚇しているのではなく「おかえりなさい」を言っていたのだろう。近寄ると吠えていたのは喜んでいたのだろう。

ある日幼稚園からひとりで帰って「また吠えられる嫌だなあ」と覚悟しながら庭に入るも、吠えられない。
ラッキーを見やるといつもの首を立てた伏せ姿勢。口はキリッと結んでいたようにも思う。じっとして動きがなかった。不思議に感じつつも家へ入りながら「目がヘンだった」とだけ、ちらりと思った。そしてすぐにラッキーのことは頭から消えた。
 夕食のときだったろうか、母親がラッキーが死んでいたことを父に話しているのを聞いた。少しほっとし、すこし驚いた。
 
そんな姿勢を保ったまま死ぬなんて、弁慶か。やはり退役した警察犬だったのだろうと今にして思う。

【ワンコの想い出 -3-】

ドールは元々寿司屋で飼われていた犬で、どういう経緯か親父が譲り受けてきた犬だ。相当イイもの喰って育ってきたらしく、冷や飯に冷や汁ぶっかけたような、当時の典型的な犬飯など見向きもしない。母親が苛立って「この犬は贅沢か!」と吐き捨てていたのを思い出す。おまけに懐かず、従わない。親から散歩を命じられて出かけても、行きたい方向に進めないことばかり。歴代の犬の中でもナンバーテン(最低という英語表現だべ)、好きになれなかった。
ちょくちょく家出をする犬で、1〜2日行方不明なことはよくあったが、ある時1週間くらいも帰って来ない。Ham少年は家の庭で一人遊びをしていた。しゃがみ込み、棒で土(赤煉瓦を細かく砕いたような、粗い赤い砂利だった)に何か描いていたと思うのだが、その最中にふと、好きでもない飼い犬のことを思い出して、もう帰って来ないのかなぁ、などと考えていた。
とっと、ととっと、と(じゃ、じゃという音が混じる)・・・なにかの不規則な足音が近づいて来た。顔を上げた。ドールだ。
痩せこけて毛並みもばさばさとした感じになったドールはHam少年の前まで歩み来ると、そのままバタリと横に倒れた。開いた口から舌をだらりと土の上に垂らし、そのまま息をしなくなった。

【ワンコの想い出 -2-】

友達とふたりで立岩小学校から下校していたら、離れた田んぼの中から、すがるような激しい犬の叫び声がした。何となく聞き覚えのある声で呼ばれた気がし、ただならぬものを感じて恐る恐る近寄ると、掻き分けた稲穂の奥深くで、当時家で飼っていたドール(数日前から行方不明)が虎挟み(罠)に脚を噛まれていたのだ!きっとドールは人間とは異なる鋭敏な能力、声か匂いで見えない私が通るのを感じ取り、助けを求めたに違いない。しかし2年生のHam少年のちからではどうにもならない。大変だ〜!と焦るばかり。
5歳上の兄を呼んだぜ53年前@飯塚市

【ワンコの想い出 -1-】

嵐の夜に親父が仔犬を拾ってきた。びしょ濡れで彷徨い、可哀想だから雨宿りだけさせるのだと。段ボール箱に入れ、上がり口に。夜中、親父の水虫の趾(あしゆび)をカリコリ齧るものがある。親父は可愛くなったのだろう、飼うことになった。名前は『サイクロン』とつけた(笑)45年くらい前のハナシじゃよ。1号本郷猛、2号一文字隼人の時代ね。

【ワンコの想い出 -番外-】

オート井元に「ベル」という小汚い犬が居て、アルバイトの整備士(皆んな学生)たちは、脂で黒く汚れた手をベルの身体で拭いていた。すまんかったのぉ、ベル。
あるとき、数日行方不明のあと白くなって帰ってきたことがある。おっちゃん曰く「海に捨てられたっちゃろうね」
40年以上前のハナシや。

ハムちゃんたる所以

ハンサム
【意味】 ハンサムとは、美男子。顔立ちのよい男子。
【ハンサムの語源・由来】
英語「handsome」からの外来語。
「handsome」は、「Hand(手)」+「Some(〜しやすい)」からなる言葉で、「手で扱いやすい」という意味である。
顔立ちが良いと女性を手で扱うことも容易であることから、「ハンサム」と呼ばれるようになった。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−

ハムサン
【意味】意味不明存在!
【ハムサンの語源・由来】
当時は山口県徳山市(現在の周南市)に住んでおり、あれは中学2年生の初日だった。掃除時間にサボって本(中2コース)を読んでいた私を「あんた、掃除せんかねー!(怒)」と言いながら持っていた箒で私の尻を打つ者があった。後で知ったが学年の3マドンナのひとりだった。K子はHRの同じ班割であり、会話を重ねるうちに仲良くなる。K子は理科が苦手であり中間テストだったか期末テストだったか対策を手伝うことになった。初めてK子の家に行き、K子のお母さんに自己紹介をした。「よしだただしです」「ただしくんどんな字なの」「公園のコウ、おおやけ、一文字です」「・・・コウ・・・公・・・ハムちゃんじゃあ!」
以来K子の家には何度も行き、お母さんとも親しく接していただいた。その家でのみ、私は「ハムちゃん」と呼ばれていた。なんだか別の家庭の一員にでもなったような気分が湧き、K子への淡い、恋のような感情も萌芽していたであろう。だが、父の転勤により僅か1年と4ヶ月でハムちゃんは福岡市へ引っ越すこととなった。

年月は過ぎた。橋の下をたくさんの水が流れた。
「先生の名前くさ、何て読めばよかとねー?」WEB制作講座の休憩時間、喫煙場所に集まった生徒のひとりが名札を覗き込んで訊いてくる。
「あぁ?知りたかとや?」中年となっていた私はこの名前の読みを訊かれることに既にうんざりしていて、かつ教える立場の優位性からか何となく意地悪な気持ちがあったのだろう、素直に本当の読みを教えたくなかった。一瞬、脳のなかの時間軸ポインタが40年戻る。
「お前は片仮名も読めんとか。ハムたい!」
2秒と少しして、喫煙所には哄笑が湧いた。
 
その生徒Mは見どころのある青年だったので、私も本格的に育ててみる気持ちが湧き、WEB制作講座終了後も師匠と弟子のように付き合いが生まれた。彼は私をハムサンと呼び始めた。
「お前、その呼び方をほかで言うんじゃないぞ」
少年の頃の淡い、清浄で無垢な恋心。それに連なる私の呼称はは私の密かに仕舞っておきたい宝のひとつなので「ハムちゃん」「ハムサン」は私にとって気安く使われてよいものではないのだ。馬鹿馬鹿しい笑い話だがそうだったのだ。
 
関東で新しい人間関係が出来始め、その中心人物F君と進めていた事業に必要なロゴデザインを弟子のMに担当させた。そのやり取りの中で弟子Mが「ハムさん」を使うものだからF君にもそれは伝染してしまう。F君は以前優秀なセールスマンでもあったせいか、覚えやすい印象づけを無意識のうちに行う習慣になっているのだろう、誰かに私を紹介する際、必ず「ハムちゃん」と添える。やがて私は誰からも「ハムちゃん」「ハムさん」と呼ばれるようになる。

40年間以上も封印していて、地元でも誰ひとりとしてそうは呼ばなかったのにね。
今じゃすーさんやコータから「ハムじい」だよ(笑)
元フェアリーやらさっちゃんからもだよ。
大人達に告ぐ。Ham-GのGは爺に非ず。GreatのGであるぞ(笑)

シーンの断片-1-

2〜3ヶ月おきに訪れ、数日泊まっていく男は、最近初日の夜中に決まって脚を攣らせるようになっていた。突然飛び起きて「痛い!痛い!攣った!」と呻きながらベッドの外側にある女の身体をまたぎ越してどすんと床に落ち、そのまま四つん這いで浴室へ向かう。残り湯に浸かるか、暑いシャワーをかけるかして攣った筋肉を温め揉みほぐして、暫くするとベッドに戻ってくる。「どうしたの?何したらいい?」と女は声をかけてみるが応えは呻き声のみであった。そうしたことが2度3度続き、女は男との年齢差が思いの外あることをぼんやりと再確認していた。

学校の制服とか制マフラーとか制コートとか

掲題の件につき友人が御子息のそれで愚痴ってた(?)のでちょいと。

----------(無断引用始まり)-----------
長男の通う高校、コートは学校指定、ただ高価なだけでカシミアで重くて着られない。他のコートを着て見つかると没収だとゆう。今日、長男は黒のネックウォーマーを首に巻いていった。校則では黒かグレーのマフラーの着用とある。自転車に絡まって首を絞めてしまうかも知れないマフラーを、なぜその代わりになるものが発明されてなお、自転車通学者に強要する意味がわからない。

学校が見える大通りの向こう側、学校外で教師に呼び止められネックウォーマーを没収されたそうだ。そんなとこで待ってるなんてと長男が驚いていた。私もつまらない仕事があるもんだと正直驚いた。焼却処分だとゆう。アラミド繊維のネックウォーマーは果たして燃えるだろうか? いろいろ疑問である…。
----------(無断引用終わり)----------

納入指定業者の既得権確保の為に業者が何らかのアクションを採り学校側がそれに応じむにゃむにゃ...というのがあるのかないのか。毎年競争入札や出来レース演出なんてかったるくてやってらんないよぅ!という行政の怠慢があるのかないのか。けどオープンにしちゃったら他県の業者あるいはスケールメリットや政治力を持つ企業が参入してきて湯煮苦露学制服になり地域の商業者が沈没してしまうし税金も落ちないという苦慮があるのかないのか。

などと真面目なことを書いちゃうがこれは政治経済の縮図であるのだと息子どのへの教材にもなるとも言えるのだ。おそらく一番責められるべきは制服・校則というものへのコンサバティブに過ぎる(メンドクサイダケ?)姿勢であり業者の企業努力への怠慢かと(そこいらのおじちゃんおばちゃん店が世の空気を敏感に察知し問題意識を持つかあ?)。

マフラーが自転車通学者には危険要因であることやコート(カシミアじゃないよね?カシミアは軽いよぉw)がくっそ重いのに温かくないとか動きにくくて危機から脱するのに足かせとなるとかの問題点を学校・自治体・保護者にはっきりと認知させ、変えるべきは変えさせるきっかけを作ることですよ。なあに、ちょいと強く言えば意外と容易に変わるって。制服の性質上、毎年ころころ変わるわけにもいかんけどね。お兄ちゃんのお下がりを弟へってのもあるし。

ま、規則のための規則みたくなってるところを真面目に考え直すこともせずに形骸化したままゴリ押しする教師って馬鹿やと思う。アタマ使ってない奴は正論で突くとすぐ転ぶ。てか、よい提案があれば握りつぶすのではなく検討されるべきだし、そういう柔軟さやスピードがあって欲しい。経験上この辺は校長先生のキャラや能力・やる気に負うところが大きい。

大変な思いをして頑張ってる先生も居れば、お気楽無責任先生も居る。授業やって、職員会議して、上への報告とかの業務こなせばハイOK!生徒や保護者のことを真剣に考えれないのであれば怠慢パチもん教師でしょう。

みんなもパチもん、GETじゃぞ!

佐賀・神埼、なにげにすごくね?

「道の駅大和」でふと思った。

平成の大合併以前、元々の佐賀市の北に隣接しているのは大和(やまと)町なのだが、なんで大和なのだろう・・・

徐福伝説、1900年以上前に建立された櫛田宮、日本武尊やスサノオノ命、櫛名田姫が祀られる神社の点在、地名に残る大蛇退治の伝説、大規模な環濠集落(吉野ヶ里遺跡)、平家隆盛の元となった天皇領の荘園、承久の乱で京を追われた後鳥羽天皇が逃げ落ちた山里・・・何故ここに?

なんなのだろう佐賀、神埼。

そして40kmほどの距離に日本最古の大己貴(おおなむち)神社・・・
大己貴命(=大国主命=天照大神?)

ちなみに魏志倭人伝に出てくる伊都国が現在の福岡県糸島であろうという説は有力なのだが、山ひとつ向こうという近さ。

・・・怪しすぎる。

九年庵を訪れた方は是非隣接している仁比山神社にも行ってみてくださいね。

重曹の主成分で末期ガンが治る!?

2年前入院して大腸ポリープの摘出手術を受けた。体の異変を知ってから9ヶ月間、痛みと倦怠感に襲われながら仕事(職業訓練−Web制作の講師)を続けた。自分はガンであると確信していた。

何が起きているのか、どうすればいいのかネットで調べまくったのは言うまでもない。
自分の体の中に、牙を剥き、いきなり襲い掛かるであろうガン細胞が居るとしたら。
T型、NK型の免疫細胞を活性化させておくには。。。

手術後一週間、生体検査の結果を聞いた時の安堵は今も忘れない。
「吉田さん、もうあと少しでガンになるところでした。ポリープは完璧に除去しています。」

「ガンの症状に対し、破壊的な薬、細胞や人体を殺す化学療法のような劇薬によって処置することで莫大な富を得ている」
こうした製薬カルテルの存在は本当だし、国立ガンセンターの元医師からの口からも語られている。
そしてそれはある意思、「人口削減計画」の一環なのだという。
それにも大いにうなづける、信憑性を感じる。世界的な食糧難は現実的な問題として刻々近づいているのだから。

で、これ。facebookの友人が紹介しているページです。
オカルトか?と思える記事も混在はしているのだが、興味深い。

http://mizu888.at.webry.info/201311/article_77.html

BLOG再開すっかなあ・・・

ずっとfacebookにしか投稿してないが
この頃は理屈っぽいこともときどき書くので
「3行以上書いたら読まん!」とか言う
友人S画伯とかも居て(笑)
迷惑かなあ・・・と。

だったらBLOGしかないじゃん。

暫く連動にしてみまそ。

何の脈絡もなく

自治体の方と話していていつも思うのは「中腰である」ということ。いつまでも此処の部署ではない、来年度は別のところに配属されるかもしれないという思いなのでしょうが、年度の半ばからそわそわしているように見えてしまう。それによって個人の能力が40%も発揮されていないような感じを受けているのは私だけ?哀れにも思えるし、ちゃんとやれよ、とも思う。(失礼だったら陳謝)

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