となりの大馬鹿

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宗主国様も艦艇派遣取りやめだそうである。

【ワンコの想い出 -5-】

noie


記憶にはないが「大きいアーデン」という犬と「小さいアーデン」という犬を別の時期に飼っていたらしい。小さいアーデンはワイアーフォックステリアだ。写真は見たような気がする。無論そんな犬種名を幼児の私が知る由もなく後年母親から聞いた。
スタンダードプードルは30kgにもなる大型犬だが、トイプードルはどうかするとその1/10の体重もない。大きいアーデンと小さいアーデンはそのような関係の犬だったのだろうかと思う。
今、家で一緒に暮らしているノイ(Noie)くん【写真】は、ミニチュアシュナウザーだ。スクエアな体型とトボけたような顔の表情がワイアーフォックステリアに近似していると思う。

【ワンコの想い出 -4-】

鹿児島市の原良小学校の隣にあった昭和幼稚園に、歩いて、一人でまたは上村卓也とふたりで通っていた。4〜6歳の記憶を辿って今GoogleMapsを見てみると、多分最初頃は城西2丁目20番、後に2番の東の端に移ったのだと思う。
最初の家は古くて大きかったが、間取りなどは流石に思い出せない。
 白黒テレビで観たキングコング・ジュニア(最期は人を救って沼地に沈んでいく)や初期のポパイやニトログリセリンのドラム缶をトラックで運ぶ使命を帯びた日本兵の映画(兵隊やくざ?)、泣いている赤ん坊(弟)の膝にあった真っ赤な楕円形の痣を不思議に思って見つめていたこと、玄関の前に停めてあった親父のオートバイ(多分トーハツ125)が倒れてきて下敷きになり動けなかったところへ、丁度良く飯塚から訪ねてきた叔父の康之さんに救われたこと・・・。そんな記憶が断片的に浮かぶ。

犬が居た。大きなシェパード。母屋とは庭の対角あたりに繋がれ、材木か何かが積んである上に、いつも首を立てて伏せ姿勢をとっていた。仔犬を見たり触ったりの記憶がないので、おおかた親父が成犬を貰ってきたのだろう。新聞記者だったので、警察にも知り合いはあったろうから、もしかすると退役した警察犬だったのかもしれない。
 Ham少年はこの犬が嫌いだった。名前はラッキー(日本語だと吉田の「吉」だね)だったと思う。幼稚園から戻って庭に入ったときに、私を見て野太い声で吠えられる毎日が怖かったからだ。私よりもずっと大きい身体の犬なので近寄るのも怖かった。今思うとシェパードは賢い種類の犬なので吠えるのは威嚇しているのではなく「おかえりなさい」を言っていたのだろう。近寄ると吠えていたのは喜んでいたのだろう。

ある日幼稚園からひとりで帰って「また吠えられる嫌だなあ」と覚悟しながら庭に入るも、吠えられない。
ラッキーを見やるといつもの首を立てた伏せ姿勢。口はキリッと結んでいたようにも思う。じっとして動きがなかった。不思議に感じつつも家へ入りながら「目がヘンだった」とだけ、ちらりと思った。そしてすぐにラッキーのことは頭から消えた。
 夕食のときだったろうか、母親がラッキーが死んでいたことを父に話しているのを聞いた。少しほっとし、すこし驚いた。
 
そんな姿勢を保ったまま死ぬなんて、弁慶か。やはり退役した警察犬だったのだろうと今にして思う。

【ワンコの想い出 -3-】

ドールは元々寿司屋で飼われていた犬で、どういう経緯か親父が譲り受けてきた犬だ。相当イイもの喰って育ってきたらしく、冷や飯に冷や汁ぶっかけたような、当時の典型的な犬飯など見向きもしない。母親が苛立って「この犬は贅沢か!」と吐き捨てていたのを思い出す。おまけに懐かず、従わない。親から散歩を命じられて出かけても、行きたい方向に進めないことばかり。歴代の犬の中でもナンバーテン(最低という英語表現だべ)、好きになれなかった。
ちょくちょく家出をする犬で、1〜2日行方不明なことはよくあったが、ある時1週間くらいも帰って来ない。Ham少年は家の庭で一人遊びをしていた。しゃがみ込み、棒で土(赤煉瓦を細かく砕いたような、粗い赤い砂利だった)に何か描いていたと思うのだが、その最中にふと、好きでもない飼い犬のことを思い出して、もう帰って来ないのかなぁ、などと考えていた。
とっと、ととっと、と(じゃ、じゃという音が混じる)・・・なにかの不規則な足音が近づいて来た。顔を上げた。ドールだ。
痩せこけて毛並みもばさばさとした感じになったドールはHam少年の前まで歩み来ると、そのままバタリと横に倒れた。開いた口から舌をだらりと土の上に垂らし、そのまま息をしなくなった。

【ワンコの想い出 -2-】

友達とふたりで立岩小学校から下校していたら、離れた田んぼの中から、すがるような激しい犬の叫び声がした。何となく聞き覚えのある声で呼ばれた気がし、ただならぬものを感じて恐る恐る近寄ると、掻き分けた稲穂の奥深くで、当時家で飼っていたドール(数日前から行方不明)が虎挟み(罠)に脚を噛まれていたのだ!きっとドールは人間とは異なる鋭敏な能力、声か匂いで見えない私が通るのを感じ取り、助けを求めたに違いない。しかし2年生のHam少年のちからではどうにもならない。大変だ〜!と焦るばかり。
5歳上の兄を呼んだぜ53年前@飯塚市

【ワンコの想い出 -1-】

嵐の夜に親父が仔犬を拾ってきた。びしょ濡れで彷徨い、可哀想だから雨宿りだけさせるのだと。段ボール箱に入れ、上がり口に。夜中、親父の水虫の趾(あしゆび)をカリコリ齧るものがある。親父は可愛くなったのだろう、飼うことになった。名前は『サイクロン』とつけた(笑)45年くらい前のハナシじゃよ。1号本郷猛、2号一文字隼人の時代ね。

【ワンコの想い出 -番外-】

オート井元に「ベル」という小汚い犬が居て、アルバイトの整備士(皆んな学生)たちは、脂で黒く汚れた手をベルの身体で拭いていた。すまんかったのぉ、ベル。
あるとき、数日行方不明のあと白くなって帰ってきたことがある。おっちゃん曰く「海に捨てられたっちゃろうね」
40年以上前のハナシや。

ハムちゃんたる所以

ハンサム
【意味】 ハンサムとは、美男子。顔立ちのよい男子。
【ハンサムの語源・由来】
英語「handsome」からの外来語。
「handsome」は、「Hand(手)」+「Some(〜しやすい)」からなる言葉で、「手で扱いやすい」という意味である。
顔立ちが良いと女性を手で扱うことも容易であることから、「ハンサム」と呼ばれるようになった。
 
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ハムサン
【意味】意味不明存在!
【ハムサンの語源・由来】
当時は山口県徳山市(現在の周南市)に住んでおり、あれは中学2年生の初日だった。掃除時間にサボって本(中2コース)を読んでいた私を「あんた、掃除せんかねー!(怒)」と言いながら持っていた箒で私の尻を打つ者があった。後で知ったが学年の3マドンナのひとりだった。K子はHRの同じ班割であり、会話を重ねるうちに仲良くなる。K子は理科が苦手であり中間テストだったか期末テストだったか対策を手伝うことになった。初めてK子の家に行き、K子のお母さんに自己紹介をした。「よしだただしです」「ただしくんどんな字なの」「公園のコウ、おおやけ、一文字です」「・・・コウ・・・公・・・ハムちゃんじゃあ!」
以来K子の家には何度も行き、お母さんとも親しく接していただいた。その家でのみ、私は「ハムちゃん」と呼ばれていた。なんだか別の家庭の一員にでもなったような気分が湧き、K子への淡い、恋のような感情も萌芽していたであろう。だが、父の転勤により僅か1年と4ヶ月でハムちゃんは福岡市へ引っ越すこととなった。

年月は過ぎた。橋の下をたくさんの水が流れた。
「先生の名前くさ、何て読めばよかとねー?」WEB制作講座の休憩時間、喫煙場所に集まった生徒のひとりが名札を覗き込んで訊いてくる。
「あぁ?知りたかとや?」中年となっていた私はこの名前の読みを訊かれることに既にうんざりしていて、かつ教える立場の優位性からか何となく意地悪な気持ちがあったのだろう、素直に本当の読みを教えたくなかった。一瞬、脳のなかの時間軸ポインタが40年戻る。
「お前は片仮名も読めんとか。ハムたい!」
2秒と少しして、喫煙所には哄笑が湧いた。
 
その生徒Mは見どころのある青年だったので、私も本格的に育ててみる気持ちが湧き、WEB制作講座終了後も師匠と弟子のように付き合いが生まれた。彼は私をハムサンと呼び始めた。
「お前、その呼び方をほかで言うんじゃないぞ」
少年の頃の淡い、清浄で無垢な恋心。それに連なる私の呼称はは私の密かに仕舞っておきたい宝のひとつなので「ハムちゃん」「ハムサン」は私にとって気安く使われてよいものではないのだ。馬鹿馬鹿しい笑い話だがそうだったのだ。
 
関東で新しい人間関係が出来始め、その中心人物F君と進めていた事業に必要なロゴデザインを弟子のMに担当させた。そのやり取りの中で弟子Mが「ハムさん」を使うものだからF君にもそれは伝染してしまう。F君は以前優秀なセールスマンでもあったせいか、覚えやすい印象づけを無意識のうちに行う習慣になっているのだろう、誰かに私を紹介する際、必ず「ハムちゃん」と添える。やがて私は誰からも「ハムちゃん」「ハムさん」と呼ばれるようになる。

40年間以上も封印していて、地元でも誰ひとりとしてそうは呼ばなかったのにね。
今じゃすーさんやコータから「ハムじい」だよ(笑)
元フェアリーやらさっちゃんからもだよ。
大人達に告ぐ。Ham-GのGは爺に非ず。GreatのGであるぞ(笑)

シーンの断片-1-

2〜3ヶ月おきに訪れ、数日泊まっていく男は、最近初日の夜中に決まって脚を攣らせるようになっていた。突然飛び起きて「痛い!痛い!攣った!」と呻きながらベッドの外側にある女の身体をまたぎ越してどすんと床に落ち、そのまま四つん這いで浴室へ向かう。残り湯に浸かるか、暑いシャワーをかけるかして攣った筋肉を温め揉みほぐして、暫くするとベッドに戻ってくる。「どうしたの?何したらいい?」と女は声をかけてみるが応えは呻き声のみであった。そうしたことが2度3度続き、女は男との年齢差が思いの外あることをぼんやりと再確認していた。

学校の制服とか制マフラーとか制コートとか

掲題の件につき友人が御子息のそれで愚痴ってた(?)のでちょいと。

----------(無断引用始まり)-----------
長男の通う高校、コートは学校指定、ただ高価なだけでカシミアで重くて着られない。他のコートを着て見つかると没収だとゆう。今日、長男は黒のネックウォーマーを首に巻いていった。校則では黒かグレーのマフラーの着用とある。自転車に絡まって首を絞めてしまうかも知れないマフラーを、なぜその代わりになるものが発明されてなお、自転車通学者に強要する意味がわからない。

学校が見える大通りの向こう側、学校外で教師に呼び止められネックウォーマーを没収されたそうだ。そんなとこで待ってるなんてと長男が驚いていた。私もつまらない仕事があるもんだと正直驚いた。焼却処分だとゆう。アラミド繊維のネックウォーマーは果たして燃えるだろうか? いろいろ疑問である…。
----------(無断引用終わり)----------

納入指定業者の既得権確保の為に業者が何らかのアクションを採り学校側がそれに応じむにゃむにゃ...というのがあるのかないのか。毎年競争入札や出来レース演出なんてかったるくてやってらんないよぅ!という行政の怠慢があるのかないのか。けどオープンにしちゃったら他県の業者あるいはスケールメリットや政治力を持つ企業が参入してきて湯煮苦露学制服になり地域の商業者が沈没してしまうし税金も落ちないという苦慮があるのかないのか。

などと真面目なことを書いちゃうがこれは政治経済の縮図であるのだと息子どのへの教材にもなるとも言えるのだ。おそらく一番責められるべきは制服・校則というものへのコンサバティブに過ぎる(メンドクサイダケ?)姿勢であり業者の企業努力への怠慢かと(そこいらのおじちゃんおばちゃん店が世の空気を敏感に察知し問題意識を持つかあ?)。

マフラーが自転車通学者には危険要因であることやコート(カシミアじゃないよね?カシミアは軽いよぉw)がくっそ重いのに温かくないとか動きにくくて危機から脱するのに足かせとなるとかの問題点を学校・自治体・保護者にはっきりと認知させ、変えるべきは変えさせるきっかけを作ることですよ。なあに、ちょいと強く言えば意外と容易に変わるって。制服の性質上、毎年ころころ変わるわけにもいかんけどね。お兄ちゃんのお下がりを弟へってのもあるし。

ま、規則のための規則みたくなってるところを真面目に考え直すこともせずに形骸化したままゴリ押しする教師って馬鹿やと思う。アタマ使ってない奴は正論で突くとすぐ転ぶ。てか、よい提案があれば握りつぶすのではなく検討されるべきだし、そういう柔軟さやスピードがあって欲しい。経験上この辺は校長先生のキャラや能力・やる気に負うところが大きい。

大変な思いをして頑張ってる先生も居れば、お気楽無責任先生も居る。授業やって、職員会議して、上への報告とかの業務こなせばハイOK!生徒や保護者のことを真剣に考えれないのであれば怠慢パチもん教師でしょう。

みんなもパチもん、GETじゃぞ!

佐賀・神埼、なにげにすごくね?

「道の駅大和」でふと思った。

平成の大合併以前、元々の佐賀市の北に隣接しているのは大和(やまと)町なのだが、なんで大和なのだろう・・・

徐福伝説、1900年以上前に建立された櫛田宮、日本武尊やスサノオノ命、櫛名田姫が祀られる神社の点在、地名に残る大蛇退治の伝説、大規模な環濠集落(吉野ヶ里遺跡)、平家隆盛の元となった天皇領の荘園、承久の乱で京を追われた後鳥羽天皇が逃げ落ちた山里・・・何故ここに?

なんなのだろう佐賀、神埼。

そして40kmほどの距離に日本最古の大己貴(おおなむち)神社・・・
大己貴命(=大国主命=天照大神?)

ちなみに魏志倭人伝に出てくる伊都国が現在の福岡県糸島であろうという説は有力なのだが、山ひとつ向こうという近さ。

・・・怪しすぎる。

九年庵を訪れた方は是非隣接している仁比山神社にも行ってみてくださいね。

重曹の主成分で末期ガンが治る!?

2年前入院して大腸ポリープの摘出手術を受けた。体の異変を知ってから9ヶ月間、痛みと倦怠感に襲われながら仕事(職業訓練−Web制作の講師)を続けた。自分はガンであると確信していた。

何が起きているのか、どうすればいいのかネットで調べまくったのは言うまでもない。
自分の体の中に、牙を剥き、いきなり襲い掛かるであろうガン細胞が居るとしたら。
T型、NK型の免疫細胞を活性化させておくには。。。

手術後一週間、生体検査の結果を聞いた時の安堵は今も忘れない。
「吉田さん、もうあと少しでガンになるところでした。ポリープは完璧に除去しています。」

「ガンの症状に対し、破壊的な薬、細胞や人体を殺す化学療法のような劇薬によって処置することで莫大な富を得ている」
こうした製薬カルテルの存在は本当だし、国立ガンセンターの元医師からの口からも語られている。
そしてそれはある意思、「人口削減計画」の一環なのだという。
それにも大いにうなづける、信憑性を感じる。世界的な食糧難は現実的な問題として刻々近づいているのだから。

で、これ。facebookの友人が紹介しているページです。
オカルトか?と思える記事も混在はしているのだが、興味深い。

http://mizu888.at.webry.info/201311/article_77.html

BLOG再開すっかなあ・・・

ずっとfacebookにしか投稿してないが
この頃は理屈っぽいこともときどき書くので
「3行以上書いたら読まん!」とか言う
友人S画伯とかも居て(笑)
迷惑かなあ・・・と。

だったらBLOGしかないじゃん。

暫く連動にしてみまそ。

何の脈絡もなく

自治体の方と話していていつも思うのは「中腰である」ということ。いつまでも此処の部署ではない、来年度は別のところに配属されるかもしれないという思いなのでしょうが、年度の半ばからそわそわしているように見えてしまう。それによって個人の能力が40%も発揮されていないような感じを受けているのは私だけ?哀れにも思えるし、ちゃんとやれよ、とも思う。(失礼だったら陳謝)

トラックバックのテスト

アイルビーBLOGにとらば

独り言、愚っ痴言うぞう

本質も知らねえで表面だけカビの生えたセンスで取り繕って、それでプロ面してんじゃねえや。ちゃんちゃらおかしくって臍が茶沸かすわい。
お菓子喰って涙が出そう by キャンディーズ

はいはい、アンタの好きなモノが至上で他は糞ね。糞を好きな皆んなは下衆ね。わかりましたよ、バナナくん。
私が一度でもあんたの好きなモノを悪く言いましたかね?バナナくん。

自慢が詰まってんのかその身体。本当の友達って一度でも持ったことある?と訊きたい。

他国の侵略的行為を「どうでもよいこと」ですと。あんた、ドコの人よ?皇室を語るな。選挙権返納しなはれや。

それと、ああいうのは営業力とは言わないんだぜ。謀略とか工作ってのよ。亡霊は亡霊らしくふわふわ漂ってりゃいいものをさ。

友人ヅラして後ろ手で落とし穴掘ってるなんてまあ、老獪でいらっしゃいますこと。おほほほ。
世の中は人と人で成り立っている、そこを無視するんだね。

何にも知らない老人たちをうまく丸め込んだつもりだろうが、ドブ銭使わせる罪悪感はないのかね?
あんた、天誅受けてもいいと思うよ?はっきり言います、悪人だよ。



みんなもパチモン、GETじゃぞ。

「いじめ」考

facebookの友人のウォールに長文コメントを書いてしまったので、こちらにも転記。

【私見】いじめは異端を排除し、種の優性な特質を獲得保持しようとする自律性に根ざす部分があると思う。だから動物にも見られる。生物的に強い個体が生き残り、弱い者やメインストリームから外れた要素を持つものは淘汰にさらされる。顔や肢体の美しいものがもてはやされたり、アスリートが人気を博したり、優れた理論を展開する学者が尊敬を集めるのは何故だ?その逆の馬鹿で醜く鈍臭い者が隅っこに追いやられるのは何故だ?つまり、人間が動物である以上、いじめは根本的に無くならない。

生物多様性が生態系の豊かさにとても重要であることは近年明らかになってきていて、同種や近い種の中においても「いろんなやつがいる」を許容することは(飛躍するかもしれないが)人間が人間らしくあり、豊かに栄えることの必要条件であるようにも思えるのだ。TVのチャンネルを変えてどこも同じ番組ではつまらない。クラシック音楽は素晴らしいが、それしかなかったら退屈かもしれない。ネタの種類がひとつしかない寿司屋に足を運ぼうとは思わない。均一が進みすぎるのはつまらなくし、進歩を止め、衰退へと向かう。グラスの底に顔があってもいいじゃないか。

様々なかたちの自己発現をお互いに許容できなければ人間性は貧しい、民度は低いと言えるのではないか。重要なことはそのような考えを大人社会全体が認識し、自ら賢くなろうという空気を当たり前のこととしていく啓蒙であるように思う。弱肉強食は原理原則である。お手々繋いでゴールインの駆けっこなど愚かしい。しかし弱肉強食を不必要なところまで持ち込ませないのが人間としての知恵であろう。まずは大人が賢くなる、その有効な手段を探すべきなのである。

【良ちゃんへ】

私の家には旧ダイエーホークスと旧FIAT YAMAHAレーシングチームのいずれも応援用の手旗しか無い。つまり日の丸はない。そのことの是非をここで言いたいのではなく、人が人を見るときの捉え方というか考え方というのが実に様々で面白い(時には不愉快)という話である。
人が10人居れば10通りの考えや意見があって当然のこと。まとまることの方がかえって薄気味悪い。すこし乱暴な例えかもしれないが、生物多様性が食物連鎖環や自然環境の保全の為にとても重要であるのと同じく、多くの意見や考え方、感じ方があるのは社会が健全で在るために必要なことであると思うのだ。
自分と異なるものを排除したがる、これは生物が自らの種をのみ保存していきたいという欲求(または与えられた使命)からくる自然な生存競争であるので、それ自体を否定はしない。いじめが無くならないというのもそこに根ざすものであると考えれば分かり易い。だが我々は人間である。自分と異なるものを排除するという心を抑え、必要な競争なのかどうかを理知的に判断して行動ができるはずなのではないか?
本当の意味での大人となり、物事が見え始め、国というものについても考え始めるとき、それは単なる土地や山河や海ではなく、そこに暮らす人間の文化と暮らしをも含むはずである。ご先祖様、親兄弟、親戚・・・そして大切な友人、他人から家族となった相手、一緒に築いた家庭の構成員である息子や娘、その友人・・・。彼らの現在と未来に想いが及ぶはずである。「これでいいのか」「何故今こうなのか」「どうあるべきか」そのように考え、世の中の矛盾や歪み、様々な不正や虚構、阻止すべき企みや謀(はかりごと)に気づき、そして発言を始める。
本人は偏狭にならないように考えていてもその発言は相対的に見られるしかなく、たとえ中央に立っていてもその左にいる人間からは右側にしか見えない。人を指してを「右だ」という人、その本人は中央に立っているつもりなのである。(あなたが絶対中央に立っているとどうやって証明できるのだ?そのような計測器やスケールの存在を私は知らない)
冒頭に書いた如く私は国旗さえ持たないし、中国人や韓国人の知人もあるし、かつては英・米・豪の友人と遊びまわってもいた。外国人を全て排斥しようなどとは一言も言っていないし、好きな外国もある。しかしながら見る人によってはそんな私が国粋主義者的であるという。これには失意し、力なく笑うしかない。
私は外国の政府が自分たちの戦略に則って我々の子供達の頭の中をいじろうとしている状況が宜しくないと言い、そうした状況を作り出すのに関わってきた(或いは関わっている)企業や団体を指して、人々に「騙されるな」「眼を覚ませ」「気づけ」という警告を発してきただけなのである。
このように誰かが考えて物言うとすぐに自分と違う(多くの場合新聞やTVのみしか情報源としていないことによる無知)という理由だけからレッテル貼りをして自分なりの分類をし、安心しようとする類の人がたくさん居るのは動かしがたい事実であるから、良ちゃん、例えば「あんたは右だ」とか言われることなど恐れるな。自分が偏狭とならないように知識を吸い、客観的に自己チェックして自分なりのバランスをとればいいのだ。人の言うことなどをいちいち気にしていたらそれこそ口を封じられて思考停止してしまう他ない。自分がどう見られているかは無視は出来ないが、そこを判断基準にすべきではないと思う。
私は友より贈られる予定の日の丸を掲げ、私の思うあるべき日本に少しでも近づくように微力を尽くそうと思うのだ。

CB400Four

昔々のハナシ。
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整備の上がったお客さんのCB350Fourを配達で乗りました。多分マルチに乗ったのはその時が初めてじゃなかったかな。『高級車』のイメージがあって、お金持ちのバイクという受け止められ方をしていたと思う。
回転の上がりが遅く、大したパワーも感じず、車格の割に重く「つまんねえバイクだなあ」と思いました。スロットルを戻すとまるでブレーキレバーを握ったかのように「がくん」と車速が落ちるので、「エンジンブレーキバイク」と呼んでいました。
その後バイク仲間が乗る408cc(金太郎という名前が付いてたw)をちょっと借りて峠を軽く流した時には、僅かな排気量アップでずいぶん良くなったナ、と思ったものです。多分その個体特有なのでしょうがアイドリングではゴロゴロ・・・と音がし、走り出すとニャアアアアア〜〜〜と聞こえるのがオカしくて、こっちは「ネコバイク」ということになりました。
オーガニック(?)な曲線を描くエキパイ集合部、シンプル&ソリッドカラーの外装。大流行したコンチネンタルハンドル。エポックメーキングなスタイルを持ったマシンでしたね。(イモっぽいメガネブスがある日突然輝くいいオンナに変身して現れたようでした)CB400Fourのハンドルを他のマシンに取り付ける、という作業は数回やった記憶があります。CB125JXにはいい感じでフィットしたと思う。
今も時折よく磨かれたヨンフォアを見かけますが、バイクを大事にする気持ち、尊敬します。
honda_four

だああ、入らりちゃったのねんのねん!

管理下にあるサーバーの一つがFTPで繋がらない。
おかしいと思って調べたら不正侵入の痕跡発見。

やっばあ〜い

パスワードが全部無効になっちょる。
完全に乗っ取られた。最悪やん。止める。

こらあ、高麗野郎か支那野郎か知らんが、いらんことすなー
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↓これをプチするとね、凄いことに別段世の中は変わりません
ジモモ佐賀
Yoshida Tadashi

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