大臣たちが、社長たちが、先生たちが雁首そろえて頭を下げる、または苦しそうに言い訳する。こいつらヘタ打った連中であり、氷山の一角としてTVに映る。
警察が、知事が、議員が雁首そろえて頭を下げる、または苦しそうに言い訳する。こいつらもヘタ打った連中で、氷山の一角としてTVに映る。
人を騙して儲ける。人を泣かせて儲ける。人の道を忘れて欲情をとり、金銭欲をとり、そのために人も殺める。我が子さえも手にかける。

そんな報道を毎日見せられて「大人を手本に」と考える子供がいるだろうか。

スキャンダラスな刺激を喚起せんばかりのニュースが背後関係はなおざりなまま、充分な検証もなされぬまま垂れ流される。読み手のお姉ちゃんが番組のおしまいで頭下げりゃ誤報もOKなんて、そんなんアリかよ!
親会社やスポンサー企業に不利なことは一切触れないくせに…。

本当は世の中なんて単純なモノなのに、それを
立法の場にあって我田引水したい者たちが複雑にしていく。次々に法の網をくぐる為の法や機構や関係先をつくる。商人たちを操り(操られ)行政の場にある者たちを引き入れ、司法の場にある者たちをも懐柔し…みんな拝金主義だ。物欲にほだされ、欲望の赴くままに彷徨うケダモノだ。(実際の鳥獣は欲のために子殺しなんてしないよ!)
そんな有様を微妙に感じ取って「大人を手本に」と考える子供がいるだろうか。

子供は見習うべき大人を見出せずに自分達の感性だけで彼らの社会を形成していっているに違いあるまい。他者の痛みを我が痛みと感じる思いやりも身に付けず、美しく生きようとする精神の柱を立てるべき事も教わらず、あるがままの残酷で我儘な感性で。やわらかく、傷つきやすく、明滅の激しい自己制御できない未熟な人格のままで。

昔ならあり得ない形態のいじめを生んだのはこうした大人のありよう、そこから生まれた現代日本の空気じゃなかとですかね?
子供の手本となる大人になりましょう。子供の手本となる大人を増やしましょう。古き良き、と表現される日本の、今に通じる部分を復古再生しましょう。そうさ、これは精神のルネッサンスなんだわい。