ええ。東本昌平(はるもと・しょうへい)氏の手になるRIDEのキャッチコピーそのままです。(同氏のオフィシャルページ「はる萬」

かなり前に書いた「出会い」の続きをそろそろ書く気になってきたんサ。

ホンダの交通安全教室的な何かのイベントで鈴鹿サーキットに行き、オレンジ色のSL90に乗った。緑の方が気に入っていたが、割り当てられたのはオレンジだった(ちぇっ)。中学生か高校生か・・・多分前者だった頃と記憶。親父が何やら仕事がらみの特典を利用して、安く上がったのであろうか2番目の兄とわしとをふたりで行かせてくれた。肝心の鈴鹿サーキットはバスで走るという情けないイベントだったけれども、SL90のトルクに「おぉっ」と思ったのを覚えている。

バスの車窓から見下ろすサーキットの路面は改修したてだったのか、黒々と、そして時折朝露が降りたかのようにキラキラと陽光の反射がちりばめられる箇所があって美しかった。免許も持ってないくせに足元のサーキットをバイクで駆けられないのがひどく悔しかった。バスのアルミ製の窓枠に顎をのせたわしは、「いつかまた来たいな。また来る日はあるのかなぁ」と、ぼんやり考えていた。

きっと阪九フェリーを使って行き来したものと記憶する。行きに船は揺れて、トイレで吐いたような気もする。体が言うことを聞かず丸太のように畳に転がったまま半目を開いて、横方向に並ぶ小さな窓から曇り空とドス黒い海面とが交互に繰り返し繰り返しゆっくりと上下に入れ替わる様を延々とただ眺め続けること以外に出来ることはなかった。そんな体験の初めては、あれはきっとこの時であったろう。他人の糞尿と吐瀉物と軽油の燃えた悪臭が漂い、激しく揺れるトイレで、両手を真横の壁に突っ張って人の吐いたところに自分もまた吐くことや、親父以外の知らない大人たちの足の匂いに包まれる気分の悪さなど、それまでにはなかったし、その後にあったとしても、そんな事、もう覚えてはいない。

後日親父は「どうだったか?楽しかったか?」とにこやかに聞いてきた。そのときに彼が彼の息子にしてやれる精一杯のプレゼントだったに違いない。兄と俺は苦しかった記憶の方が上回っていて、きっと笑顔を見せられなかっただろう。そう思う。でも、楽しかったことも苦しかったことも40年経った今こうして覚えているよ、親父。行かせてくれてありがとう。