スーちゃん先生が
『昔の機械は寿命が長い!!
いいものを造っていたのですね。』
と、書いておられた。

住宅もそうだし、車だってそうだと思います。

(続きは後で書くので又の御アクセスを)
ここ脊振の山ん中には150〜200年も前の家が改修を受けて今も多くの家族を住まわせている。近代になってハウスメーカーが建てたものが30〜40年の寿命というのは、「わざとそうなるよう設計している」以外に理由はあるまい。何が今更100年住宅だよ、ふざけたおせよ〜。

軽自動車も5〜6年使うとガタガタになる。これもまた同じ理由だろう。
しっかりつくってあるモノは時の洗礼を受けても動き、役に立ち続けるものだ。わしのロードスター(1989年)なんざヒヨっ子も同然で、株式会社和光堂のN氏が所有するMGたちに比べたら新車である。

昔在籍した会社(FA系システムハウス)では客先の製鉄所に何度も入ったが、製鉄所の設備群だって聞けば「それって、大昔じゃ〜ん」と言いたくなる導入時期なのだ。

昔のモノ作りは「長く使ってもらおう」という作るヒトの心や信念(大袈裟な表現かもしれないがその人の命の一部)が込められていたに違いない。日本のモノ作り技術は、本当は殆どの物品を「一生使えるもの」として供給できるところに到達した。しかし経済の発展は社会を消費文明へと変えていき、ある新商品が世に出、普及し、市場が成熟してしまうサイクルの速さを加速させた。企画段階から「想定寿命何年」というものが設計に織り込まれるようになってしまった。

長持ちしてもらうと次の購買に繋がらないから、家や車という一般人の生涯賃金のかなりをつぎ込まなくてはならない高額商品さえも「消耗品」(耐久消費材かな)にしてしまう。

これは正しい姿なのか?それでいいのか?おぉ?
この頃は「エコ」だの「ユニ」だのとスグに企業も国も自治体も冠頭語を付けたがるが、環境意識に訴えてビジネスを生んでいることの擬装用美辞麗句である場合もめちゃめちゃ多いぜ。

プルサーマル原発、エコカー減税、ETC装着車1000円乗り放題がいい例ですわ。それでたんまり儲けるヤツが存在すっぺぇよ。

何か題からは大幅に外れたないようになったので「頑張れ・・・」はいずれまた。