ただの日記

Dear My Mother

I'm very sorry that I grew up such a stupid man !


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Facebook

Facebook(以下FB)を使い始めたのは結構遅まきで6月頃だったか。
最初は「何じゃこりゃ、分かりにくいなあ」と思い、忙しいこともあって
あまり使わなかった。

11月、本格使用を始める。

12月からは仕事がらみで使うようになり、ほとんど張り付き状態。
それを通して多くの機能と可能性に考えが及ぶ。
「何じゃこりゃ、すっげぇなあ!」

リアルタイム、かつ、ダイレクトな連絡手段として非常に便利だ。
こりゃtwitter、mixiもBLOGもふっとぶわいな。
PCの前に座ることが多いなら、いや、スマートフォン所有ならいつでも
友人や関係先の状況が知れ、タイムリーに連絡がとれる。
デジタイズされたものなら何でも情報共有が即座に出来る。
手紙、電話、FAX、チャット、ビデオ電話、メール、検索、WEBアルバム、
WEBページ、Blog、名刺、身上書、同窓会名簿、関連先検索etc。。。
従来のありとあらゆる連絡手段が包括されたようなものだ。

使わない手はないですぞ。

2011を思い出して〜昨年の記録

2010年12月から始まった職業訓練講師。
佐賀駅前にてWEB制作周辺の講座を行う。
このことはBLOGにもまったく書いていない。
(そんな気力など全く湧かない心身のコンディション)
「これはリハビリである」そう思って始めたくらいのものだ。
心と体にダメージを引き摺ったままのある意味トライでもあった。

勤め人をやめてから10数年、定時に通う苦痛を今また思い出す。
久しく「こちらから用が有る相手」としか会ってなかったので
毎日十人十色の大人数を相手に人疲れしたのも否めない、
だが、同時に、自分の中で永くすぼまり、閉じていたものが
徐々に開かれる感じもあって、あながち悪いものではなかった。
こころの活力を少しずつではあるが取り戻し、自分を奮い立たせる、
そうしたことが我が手に帰ってきたことは大きいことだったと思える。

飲んでいた薬を断ち切ることに成功し、体が戻ると思われた頃、
3月中旬より体調にいろいろな変化が現れ始める。
さまざまな自覚症状。書けばきりが無いほどの変調が訪れる。

寺沼コンビとうまくやれているときには笑いを取り戻した。
はるちゃんには救われた。
家内に毎朝作ってもらう弁当というのも超・久しぶり。
人は、人によってしか助けられないことを実感。続きを読む

由子ママのパウンドケーキ−2−

あるとき由子ママは自分の作ったケーキを
インターネットで売りたいと言い出した。
わしにいろいろ手伝って欲しいと。

店名はシャムロック(Shamrock)
商品は本格イングリッシュレシピのパウンドケーキ。
由子ママのそれを食べて、わしは初めて
パウンドケーキが旨いものだと知らされた。
logo

ずっしりと重く、ぎゅっと凝縮された甘さと香り。
1.5cmくらいに切ったものが2枚もあれば十分。
今までに食べたものは何だったのだ?
すっかすかのスポンジーないんちきケーキじゃないか。

で、サワヲの記述。

---▽----------------------------------------------------------
といっても、小麦粉とクリームだけの、ああいう軽くて、
ただの脂肪と砂糖の塊のようなものではなく、
ドライフルーツやナッツ、ブラウンシュガー(私はマスコバド糖を使う)、
モラセス、ブランデー、などで中身がぎっしと詰まり、ナツメグとシナモンの
スパイシーな香りが漂う、ずっしりと重いイギリスのトラディショナルなフルーツケーキ。
---△----------------------------------------------------------

・・・これだよ!おお、まい!

由子ママは250万円をかけてキッチンをケーキ工房に改造
業務用の厨房機器設備を整えた。
わしはロゴを考え、WEBページを作り、リーフレットを作り、名刺を作り、
電子決済のeコマースを完成させた。手伝えることは全て手伝った。
いろいろと試作をし、一緒に評価をし、商品バリエーションも増やした。
クレーム対処にわしが代理で福岡へも行った。(怖がられた)

結果的に商業的成功はしなかった。むしろ失敗。
価格が高すぎたからである。
しかし、製造原価(材料費)は常識はずれに高かった。安くは出来ない。
採算ぎりぎりの、超薄利商売だったのである。

わしは製造原価を落とすように進言した。
由子ママは首を縦に振ることはなかった。
「そんなもの作りたくないわ。」そういうひとだった。
当時家内にやらせていたレストラン用に小ぶりなケーキを用意してもらい
ドルチェとしてセットに沿え、店頭販売もした。
(ぽつ、ぽつと売れ、好評だったが大売れはなかった)

やがてママは持病が悪化、ついに倒れて還らぬ人となった。
わしは大切なひと、友人であり、お客さんであり、
ともすれば母にも似た感情を持つ相手を失った。
レストランのことも、相手を思うこともたくさん教えてくれた。
何度もパスタを食べに来てくれた。
うるさく、あたたかい、ご意見番を務めてくれた。
超のつく毒舌(わしなど足元にも及ばず)で舌鋒鋭く、皮肉を言い、
頭がよく回転し、楽しく、いつもお洒落で、限りなく優しいひと。

熊本の教会に車を走らせ、棺の中の由子ママにお別れを言った。
ありがとう。
涙が、たくさん滲んだ。
後日村の家で行われた葬儀には出る気が起きなかった。

ママの娘はわしが貼ったShamrockのマークをはがさないまま
数年間日産CUBEを走らせた。
あの頃、今のようにBLOG、マイクロBLOG、SNSが発達普及していたら
TVに出て優雅に笑うのはマダムシンコではなくマダムユウコだったかもしれない。

由子ママのパウンドケーキ−1−

由子ママは生前、わしと連れ合いを可愛がってくれたご町内さんである。
お互いにマイペース臍曲がり(?)なので他の世帯とのご近所づきあいは殆どなく
どうかすると変人扱いや根も葉もない噂で陰口を叩かれてしまうタイプなのだ。

そんな臍曲がり同士は、理解し合うと、もう、家族のようになる。

横浜あたりのお嬢様だったらしい。熊本に嫁に行き、子供たちも
育ちあがったので田舎暮らしを思い立ち、身勝手な(?)旦那さんをほったらかした。
田舎村にメルヘンチックな輸入住宅を建て、気ままに一人暮らしを。

村の寄り合い(常会)ではゆっくりとやわらかく、かつ、舌鋒鋭く
誰も逆らえない絶対権力者に、核心を突いた質問を投げる、
そんな女性でもあった。(そのとき村長さんは絶句して答えられずw)

熊本では人をたくさん使ってレストランを経営していたとも聞いた。

由子ママの家(徒歩1.5分)にいくときは「ただいま〜」と、わし。
由子ママは「あら、坊や、来たの?」と迎える。
50歳も近いわしを坊や扱いしてたのはこの人だけである。

ミタ見た?

年中無休で未明に起床しなければならない連れ合いは
(野球する高校生、孝行せい!)
私と娘が10時以降のTVの話をしていると
機嫌が悪くなるんである。
自分は見たいドラマが見られないから。
しかしながら昨日に限ってはこれを破り
とうとう9時からの特別版に引き続きミタ見た。

今朝はというと「キツイ」を連発、不機嫌。
聞いてみたら、やはりミタ見たから寝不足と。
おかげでひどい目を見たと。

それ見たことか。
ネットでゆっくりしたときに視聴するっきゃないのよ。
わしの言うことを聞かずに結局馬鹿を見たのね。

・・・で「ミタ」は幾つ出てきたか数えてみた?

効能書【違うことも書こう】

最近仕事のことと、カラダの不具合のことしか
書いていない気がする・・・きっとそうだ。これじゃイカん。タコん。
もっと明るく楽しくカル〜イことも。

しかしながら【効能】としてわかったこと。これは書いておこう。
文字にすればきっとありきたりな内容になるだろうが。

  • すべて人と触れるのが一期一会と思うようになり、大切にする

  • 有終の美とか、立つ鳥後を濁さずとかを無意識に考えている

  • とる行動ことごとくが最終回と思えばおろそかにせず心に刻むようになる

  • ものごとをつぶさに見るようになる。刮目、ダンボ耳

  • 「もういらない」物欲が失せることで本当の価値をさがすようになる

  • 与えられた時間に感謝するようになる

  • 足ることを知り、こころが浄化される気がする

  • いままで気づかなかったことや見えなかったものが自覚されるようになる

  • そうしたうちに短時間で貴重な人間関係が築けたり、物事がうまく回り始めたりする


つまりは「一日一生」ということである。賢い先人はたった4文字で言い表していた。
いい意味合いでこころが枯れるようでもある。

悠々として、急ごう。

ゴクラクチョウ

「ワイルドライフ」という番組をよく見ている。
わしはこの手の自然ものが大好きなのだ。
地デジ化なんざ、電器屋たちが政治家に泣きついて(操って)
作り出した利権と位置づけているが(そんなのばっかりじゃけんのう)
好きな番組を美しい映像でみられるのは有難い。

今日はパプアニューギニアに棲息するゴクラクチョウ(極楽鳥)。
美しい。仕草が可愛らしい。神の造りたる姿、造形と色彩。

そしてその種類それぞれが独自に持つ求愛ダンスたるや。

ジャニーズ真っ青。マイコーさえも危うし!

2011-11-11 11:11:11

惑星直列とか
キリ番とか
こうしたゾロメとか
みんな好きだよね。

どの瞬間も同じように大事にしたいが
こういう珍しい文字列のときに
一緒に居合わせるのも何かの巡り合わせかと。

「すべては必然」ってか? (笑) ←内輪ネタ

2011-11-11

↑作った画像ではありません。ガチでその瞬間のスクリーンショットです。

ATARI

昔のPCから知ってる人は
ATARIをご存知かもしれんが
今回のはその後に「屋」がつくんです。ぷぷ。

知り合いのツイートで知った。ぷぷ。

この近辺通行の際はご注意を!とのこと。

ある人のご子息が自転車で通行中(急いでいた)としよう。
ご子息は強豪の高校野球チーム、レギュラーで運動神経は良い。
幅2m程度の歩道(警察的には自転車通行OK)に接した門扉。
そこからぽんと人が出てきて、避けられず接触したそうな。
幸いにも出てきた人は転びもせず、大事には至らなかった。

当日その人は用事で九州北部から山陰まで行かれたという。
後日親御さんがお詫びに行ったときにも「仕事中」ということで
約1時間半待たせた後、普通に歩いて出てきたということだった。
事故から一週間程度経った現場検証にも自ら運転して
警察に出頭、検証中もいたって普通に歩かれていた様子だったので
居合わせた人たちはみんな「大したことなくて良かった」と
胸をなでおろしたに違いない。

ああ、軽い事故で済んで良かった良かった・・・・
交通障害保険にも加入していたので一件落着う!続きを読む
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↓これをプチするとね、凄いことに別段世の中は変わりません
ジモモ佐賀
Yoshida Tadashi

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